作業をしている時にテレビをつけているとどうしても視覚的に集中力が散漫になってしまう感覚があって2年くらいラジオに切り替えていたのだが、京都だとどうも802が入りにくい環境だったり、radikoが妙に使いにくかったりなどありまして、結局テレビに立ち戻ることに。そこで白羽の矢が立ったチャネルが部室で休憩する時に後輩がずっと見ていたNHK教育(Eテレ)。

 あまり教育に拘りのない家庭だったのでEテレなんて小学校の半ばでもう見た記憶がなかった。て、こう描くと家のテレビに恨みがあるみたいな感じだけど実際そうではなく、普通に僕はバラエティが好きだったし、中学生くらいの感性でずっとNHK見させられたらグレてたんじゃないの、とは思う。ただ思った以上に僕の脳みその胃みたいな部分は老化してしまって、すっかりわちゃわちゃしたバラエティが胃もたれするようになってしまった。正直、バラエティはな〜〜んも悪くないと思う。脂っこいものが好きな時期とそうでなくなった時期があるだけで、脂っこいものが好きかどうかで正しさとか決まるわけじゃないな、という感じ……

 ここ数年でただでさえなくなった社会性がますますなくなって、社会性と関係があるのかよくわからないけどすっかり政治とか、なんというか社会、みたいなニュースの話を受け付けなくなってしまって、しかもチャンネルも回す気力もないし、どうするか、というところにEテレである。基本的に時事ネタについて論じたりする番組がめちゃくちゃ少ないし、BSやCSに比べてぎりぎり社会的な接点を保っているというバランス感覚も結構気持ちいい。あと、とにかく映像がいい。講座番組から子供向けのアニメ、知能教育の塊みたいな番組に至るまでものすごく映像に気を遣っていて、普通に「あ、これ見る価値あるな」となった。

 と同時に、小学校の半ばでみるのをやめていたという記憶が、半分くらいうそであるということもわかった。高校がかなり厳しいところで、週6で朝5時に起こされる生活をしていたんだけれども、そこで寝ぼけ眼でぼんやり朝食を食べながら父親がつけたテレビを見ていて、それがEテレだった、ということを『美の壺』で思い出した。すっかり忘れ去っていたとおもったら、こうやってまた結びついてしまうので知覚できない深層の記憶ってめんどくさいというか、自分の頭の中の話なのに自分で届き得なかった領域の話なのでなんだか自分で自分に負けてしまったような感覚。それでも昔自分がこのチャンネルを見ていて、それを面白いと思っていたから今も面白いと思えるわけで、そういうところはちゃんと人生が積み上がってるような実感があって心地いいし、その積み上げる材料を与えてくれていた我が家のことはやっぱり好きなんだなと思う。