COMITIAに半年ぶりに出た。前回30冊刷って20部くらい売れた(その後関西コミティアに合わせてもう30冊刷ったらさらに30部売れた)ので、今回は50部くらい刷ろうかなと考えていたが、印刷会社の戦略にまんまと乗せられて千円ちょっとしか差額がなくてお得! ということで調子に乗って100部刷った。我ながらめちゃくちゃな商売をやっているなと思う。ありがたいことに半分くらい人の手に渡ってくれた。生きてるといいこともあるね。

 1月のアタマに卒業論文を出し、3回残りのゼミに出て、2月のアタマに本当にすんなりと口頭試問を終えて、いよいよ社会にブチ込まれるのを待つ囚人というような立場になってきた。とはいうものの、やっていることは至って変わらずちゃらんぽらんである。なにせずっと漫画と絵しか描いていない。なんなら生活習慣はもっと歪んでいて、5時(29時?)に寝て12時位に起きる大変規則正しい生活をやっている。治るかどうかは……よくわからない。

 生活を少しだけまじめに、そして結構ぜいたくにやるようになった。自分の好きなものに忠実になろうと、ちょっとがんばった。夕方に値引きの刺身用の魚を買って、自分で切り分けて食べる。美味しい。沢山買って残りは醤油とみりんで漬けて後ろ2日に渡って食べる。卵黄をのせてみたり、海苔を乗せて出汁茶漬けにしたり。よそで食べてしまうよりずっと安い。暇だからできること。

 こういうことに時間とお金を使っていると、何が不幸せなんだとか、良いご身分ですねと時々言われるのだけれど、そうかもしれませんね、としか言えない。僕は主に自分のために生きているので、自分の心地よさのためならなんでもして、それが時間やお金の浪費になる。それでいざ時間やお金がなくなった時に、誰かに助けを乞うたりするつもりは毛頭ないので、良い身分だからなんだと思う。不幸せかどうかについても自分で決める。そういうわけで、僕は人の人生に対していちいちけちをつけたりしないのだから、こちらも何かを言われる筋合いはない。お互いのやりかたで生きているというだけだ。百均の健康青竹を踏むときにそれを作った海の向こうの人の顔が浮かんでしまうというような随筆を昔読んだけれど、僕は気持ちよく生きるためにはノイズとしか思えないので極力表面だけを見て生きている。自分でもそう思っているのでエゴイズムと言われてもしょうがない。でも、各々顔を見合わせてそろそろと前進するよりは、気持ちよく生きようと自分のくらしを懸命に頑張るほうがよっぽど良いような気がするのだ。そうやって自分をしっかり持ててこそ、振り落とされてしまった人たちを助けたりできるんじゃないんだろうか。